東日本大震災から15年
2011年3月11日、午後2時46分。あの瞬間を、今でも鮮明に覚えている。テレビの画面に映し出された、黒い波が街を飲み込んでいく光景。それは現実とは思えないほど圧倒的で、ただ呆然と見つめることしかできなかった。ほどなく、何度が被災地へ出向くこととなった。
被災地で最初に目にした光景は、言葉を失うものであった。家があったはずの場所には瓦礫の山が広がり、道路には打ち上げられた漁船が横たわっていた。潮の匂いとそれに混じる言い知れぬ臭気、街全体が巨大な力によって根こそぎ破壊されていた。
目の前に広がる惨状を前に、自分にできることはあまりに小さく感じられた。例えようもない無力感の中で、それでも何かをせずにはいられなかった。何もしないという選択肢は、その時点ですでに考えられなくなっていた。
避難所で、自分自身も家を失い、家族の安否すらわからない状況にありながら、周囲の人々のために黙々と動き続ける人たちがいた。炊き出しの列では、自分の分を少なくしてでも子どもや高齢者に先に渡そうとする姿があった。
毛布が足りなければ、自分は寒さを我慢して、隣の人に譲る人がいた。極限の状況の中で、自分のことよりも他者を思いやることができるということに、何度も胸が詰まった。深い悲しみの中にあってなお、そこには人間の尊厳と優しさが息づいていた。
世間では「震災から15年」という言葉が、どこか区切りのように語られることがある。しかし、あえて問いたい。15年とはどれほどの時間なのだろうかということを。「もう15年」ではなく、「まだ15年」だと感じている人も多いはずだ。
今もなお、故郷に戻れない人たちがいる。家族を亡くした悲しみから立ち直れない人たちがいる。心の傷は、建物のように簡単に修復できるものではない。15年が経っても、あの日の記憶に苦しみ続けている人が、この国には数え切れないほどいる。
東日本大震災の記憶がまだ生々しい中で、この国の大地はその後も揺れ続けている。2016年には熊本で、2024年の元日には能登半島で、大きな地震が、人々の暮らしを一瞬にして奪った。その惨状は東北の記憶と重なり、胸を締めつけるものがあった。
日本列島は、いつ、どこで大地震が起きてもおかしくない。南海トラフ、首都直下など専門家が警鐘を鳴らす巨大地震は、発生の確率がすでに危険水域に入っている。この列島に暮らす以上、これは向き合わなければならない現実でもある。
地震だけではない。毎年のように襲来する豪雨災害、年々激しさを増す猛暑、台風の巨大化。日本は、あらゆる自然災害と隣り合わせの国である。大規模な自然災害の前では、人のやれることは限られている。備えを怠らず、過去の教訓を未来へつなぐことが重要だ。
しかし、ここで立ち止まって考えたいことがある。東日本大震災の記憶に思いを馳せるのと同じ瞬間に、世界では自然災害とは異なる理由で、おびただしい数の命が失われ続けているという現実があることを。
ウクライナでは、ロシアの侵攻により街が破壊され、何万もの市民が命を落とした。子どもたちは学校に通えず、家族が引き裂かれ、日常が根こそぎ奪われている。ガザでは、終わりの見えない戦闘の中で、逃げ場を失った人々が瓦礫の下に埋もれていく。
イスラエルやイランでもまた、テロの恐怖に人々がおびえ、憎しみが新たな憎しみを生む連鎖が止まらない。自然災害は人の力では止めることができないが、戦争は違う。戦争は、人間が起こし、人間が続け、人間が終わらせることができるものだ。
それにも関わらず、世界は戦争を止められずにいる。この事実は、震災の悲しみとは異なる深い絶望を感じさせるものでもある。東日本大震災で亡くなった方々は、不明者や関連死も含めると2万人にのぼる。その重さは、何年経っても軽くなるものではない。
しかし、ウクライナで、ガザで、そして世界の各地で命を落としている人々にも、同じ重さの命がある。そして、泣いている母親や帰らぬ人を待ち続ける子どもがいる。悲しみの形は違えども、失われた命の重さに違いはない。
震災の記憶を大切にすること、復興に思いを寄せること、それは日本に暮らしていれば当然のことのように報じられる。同様に、世界各地の紛争地域で犠牲を強いられている人々に対しても、同じ思いを寄せることが大事なのではないかと考える。
あの日失われた命に祈りを捧げるとき、祈りの中にそのような視点も加える必要があるのではないかと思う。石巻の避難所で見た他者を思いやる人々の姿、あの姿が今も目に焼きついて離れない。隣の人の痛みに手を差し伸べる優しさは、国境を越えても届けるべきだ。
15年前のあの日、多くの国々が日本に手を差し伸べてくれた。世界中から届いた支援と祈りが、どれほど被災地の人々の力になったかは想像に難くない。大地が揺れ、戦火が止まない日々が続いている。この世界には、あまりにも多くの悲しみが満ちている。
目の前の悲しみだけでなく、世界に広がる悲しみの連鎖にも、決して目を閉ざさないことを15年目のこの日に改めて誓った。震災で亡くなった方々を悼み、震災の記憶が風化されないことを願うとともに、国際社会に平和が訪れることを信じて。。。








